仏陀となる道

釈尊の生い立ち
仏陀となる道 · 02日 4月 2024
<釈尊の生い立ち>最初に釈尊の出生から出家前までの道筋を大おおまかに押えておきたいと思います。 <釈尊の意味>―――釈尊とは、 釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)というのを略して、 最初と最後の二字で呼んだものといわれています。
天上天下唯我独尊
仏陀となる道 · 01日 1月 2024
釈尊は、お生まれになると、 ただちに、七歩歩かれ、 右手で天を指し、左手で地を指して、 四方を顧みて 「天上天下唯我独尊」と叫ばれたといいます。 しかし、いくら釈尊でも鹿の子でもないのに、生まれてすぐに七歩も歩かれて こんな言葉を叫ばれたとは考えられません。

南無阿弥陀仏
仏陀となる道 · 01日 12月 2023
南無阿弥陀仏(無量寿・無量光) 私が幼児の頃、祖母に連れられて よく寺にお説教をききに行き、 「南無阿弥陀仏」の意味もわからず、ただ小さな手を合せて称えました。 この幼児の頃、意味もわからず称えた「南無阿弥陀仏」は体にしみ込み、八十三歳になった今も、山作務(山仕事)で一心につるはしを振り下ろすとき、自然に「南無阿弥陀仏」と称えています。
釈尊 の 人間教育学(三話)
仏陀となる道 · 08日 10月 2023
釈尊の人間教育学に入る前に、  先ず、「宗教」「神」「自然」とは何か―――についてお話ししたいと思います。 <自 然(自ずから然しかる)> 自然の定義について、 禅の大徳鈴木大拙居士の『大拙つれづれ草』(読売新聞社刊)の中にある一節 「日本再発見―――自然にかえれ」を約言しておつたえします。

釈尊 の 人間教育学(二話)
仏陀となる道 · 01日 9月 2023
「神 と 自然」日本古来の「随神道」(かんながらのみち)とは、呼んで字の通り「神の道に随う」の意で、「道」は人としての在り方、生き方です。 日本古来の「カミ」(神)は、人間の知惠では計り知れない霊妙不可思議なはたらき、 即ち、目にみえない自然の理法のことをいいます。
釈尊の人間教育学(一話)
仏陀となる道 · 08日 4月 2023
仏陀となる道 ――釈尊 の 人間教育学(一話)—― 釈尊の人間教育学 に 入る前に、 先ず、「宗教」「神」「自然」とは何か―――について お話ししたいと思います。 ・一話「宗 教」 「宗教」、よく聞き慣れた言葉ですが、 私の頭に深く刻み込まれたのは、 中学生(昭和三十年)の社会科の時間に 「宗教はアヘン」だと教わったときです。